輝きに打ちひしがれる

今年は毎月を振り返ろうと思って記事を書いていたのですが、公開寸前だったのですが、そんなことを全てひっくり返すくらいの刺激があったのでそっちを書きます。たくさんの人に見てもらいたいという訳ではないので、トゥイッターでの拡散ご遠慮ください😈

 

そして、感情のまま書いています。絶対おかしいです。ぐちゃぐちゃです。普段はもっとマシな文章を書くと思っているけど…今日は本当にひどいです。意味分からんとこいっぱいあると思います。適当に読み飛ばしてください。

 

大学時代所属していたサークルの、同期3人が出演しているライブに行ってきました。もちろんワンマンじゃなくって何バンドも出るイベント形式だったので、同期バンドの前に出ているバンドの演奏もいくつか見て。うまい人を見つけたらあぁかっこいいなぁと思い、世界観がよくわからなかったり演奏がひどかったりしたらロビーに出たり。ふらふらと楽しんでいました。

そしてトリ、彼らのバンド。見慣れた人たちのライブだったので特に心構えもなくつったっていたのですが。音が鳴った瞬間に、聞きなれた音に(弾き方とか音作りとかってそんなに大きく変わらないから、分かる)懐かしさと、興奮で一気に引き込まれて。

それと、演奏がウマい。圧倒的にウマい。大学時代ももちろん上手だったし、バンドも組ませてもらったことのある人たちだからよく知っていたけれど。(一人は業界ではわりと名が知れてるんじゃないかな)数年ぶりにライブを見て再び実感した、彼らの音楽がもつ輝きがすごい。

 

そしたら、「音楽には勝てない」って言葉が脳にポッて浮かんだ。

 

彼らはこんなに素晴らしい演奏技術を持っていて、人を楽しませることができて、バンドというグループ単位で何かを生み出していて。そして何より楽しそうで。

 

たとえ月にいくら稼いでも、この輝きには絶対に勝てない。自分が向こう側にいたから分かる。あの輝きは、他の何にもかえられないんだって。そしたら、今の自分が、これからの自分が、将来が怖くなって。今ほしいと思っているものは、本当にほしいものではないんだと気づいてしまった。「ほしいと思わせてる」んだと。

 

それから、「私はいったい何をしてきたんだろう?」という問いが頭の中をぐるぐるしだした。

 

大学入学して、初めての合宿はギターパートで登録された。コピーしたバンドのうちの1つは相対性理論だった。曲の始まりから単音引き。Fコードでつまずく、とかそんなレベルじゃない。最初っからソロを弾くようなもので、鬼難しくて、でも合宿までの数か月と合宿の1週間、鬼のように練習をして。弾けた。当日。弾いた。その後、腱鞘炎になってまともに物がもてなくなった。

ギターを弾くことが楽しいと思えなくて、「もうギター弾きません」と言って、完全にボーカルパートへ変わりたいと幹部に伝えた。(といいながらあとあとちょいちょいギタボさせてもらったけど)。

でもその後何年も後悔した、「あのときギターを続けておけばよかった、逃げなければよかった」って。

高校時代、某職業に就きたいという夢があった、その夢も「めんどうだな」なんて思って追いかけることをやめた。

バンドを初めて、本気で音楽をし続けることを考えた。それも「私には才能がないから」といって、考えるのをやめた。

だからって、プロ目指すとかじゃなくって、普通に音楽を続けるっていう道もあるのに。なんでブチッと縁を切るように音楽から離れてしまったんだろう。

 

たくさんのことから逃げて、たくさんのことを「めんどう」と言って逃げ続けて、いったい私は何を持っているだろう。

大切なものを、本当に大切なものを失ってまで得ようとしたものはいったいなんだったんだろう。

 

 

同期がキラキラと輝いている姿を見て絶望をくらうって、どんだけ嫌な人間だよ。嫉妬でも羨望でもない、ただただ絶望。そのとき抱いた感情には、この言葉が一番似合う。

でも、そんな輝き続ける人たちが友達なんだと、すごく誇らしく思った。友達は尊敬できる人だらけだ。みんなキラキラを持ってる。

 

私に輝きはない。私は自信を持って言えるものがない。何かのファンじゃなくて、むこう側に立っていたかったはずなのに、簡単にそれを諦めてめそめそと泣いている虚しい人間。